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山陰中央新報 2022年9月17日 注目の一冊
誠実さと理論備え実地調査

藤岡大拙(NPO法人出雲学研究所理事長)

 老いの身には370頁は少々つらかったが、爽快な読後感だった。何度も「そうだったのか」と目を見開き、何度も「そうだ、そうだ」とうなずいた。遠い昔、このような読後感を味わったかすかな記憶があった。すぐには思い出せなかったが、数日して突如脳裏にひらめいた。民俗学者宮本常一の『塩の道』だった。地方へ旅して、へばりつくように調査する姿勢が忘れられない。
 著者は宮本に劣らぬ、いや、それ以上の情熱とフットワークで、山川浜浦を践渉(ばっしょう)し、古代出雲びとの足跡を追い求めた。もちろん、このような実地調査には、自己の情熱と体力があればいいのではない。もっと大事なことは、地方の人々に好感をもって受け入れられる誠実な人柄と理論を具備していなければならないが、著者は十分に持っていた。
 地方の素朴な人々が伝えてきた、伝承や伝統文化を、権力の中枢が所在した大和や京都のそれと、優劣なしに取り扱うスタンスである。著者は言う。「『古事記』『日本書紀』だけが、日本の神話ではない。各地に伝わる郷土の神話も貴重な歴史的文化的財産であり、畿内でまとめられた神話との間に優劣があるべきものでもない」
 私の感ずるところ、古代出雲論は手詰まりの状況にある。それは、一級資料と考古学の成果に拘泥しすぎているからであろう。哲学や民俗学からのいくつかの提言も、ほとんど無視してきた。著者はこのような現状に突破口を開けようと試みた。
 そのために、まず理論武装が必要である。第一に、古代出雲史に関する研究書を読破しておられる。第二に、その上で、著者が実地調査された北陸海岸から北関東までの、自治体史、公民館報、郷土史家の著述、行政文書などを、それこそ優劣なしに読破された。第三に、地域住民の話を丹念に聞き取った。その結果、古代出雲文化が、北つ海の道を通って越後から北関東に及ぶ足取りを、鮮やかに実証された。快い読後感とはそのことでみる。