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山陰中央新報2018年9月5日掲載
第4回四国えんむすび祭―65年ぶり出雲神楽を奉納、大社讃岐分院

岡本雅享

 

 4月20日、香川県三豊市の出雲大社讃岐分院で第4回四国えんむすび祭が開かれた。四国各地にある出雲大社教の分祠、分院、教会、講社が合同で開く大祭で、今回は島根県雲南市大東町の神楽団が招かれて出雲神楽を奉納した。

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四国の人々に八岐大蛇退治を披露する出雲大社神代神楽本部のメンバー
(2019年4月20日、香川県三豊市、出雲大社讃岐分院)

 讃岐分院は明治14(1881)年、出雲大社教の創始者、千家尊福国造の親祭により比地大教会として始まり、明治初めに杵築から移住した大社の社家、西村家が代々、教会・分院長を務めてきた。今の西村忠臣分院長(80)で5代目だ。

 教会では創立20周年祝祭を皮切りに、20年ごとに出雲から神楽団を招いて記念大祭を行ってきたが、1954年4月の80周年祝祭の後、途絶えていた。2015年から四国4県の巡回方式で始まったえんむすび祭。それを香川県で行う番になった時、出雲神楽の復活が真っ先に浮かんだと、西村分院長は語る。多くの人に見てもらおうと、分院所蔵の尊福晩年の直筆教歌も軸装し直して臨んだ。

出雲大社讃岐分院が所蔵する千家尊福直筆の教歌「家の業〔わざ〕 つとめ励むや 天の下 造りし神の 心なるらむ」と万葉仮名混りで書かれている。
出雲大社讃岐分院が所蔵する千家尊福直筆の教歌「家の業〔わざ〕 つとめ励むや 天の下 造りし神の 心なるらむ」と万葉仮名混りで書かれている。

 大東の神楽団は寛延年間(1748~51年)の結成で、明治34(1901)年、千家尊紀国造に認められ、大社直属の神代神楽本部となり、以来120年近く、毎年5月の大社例祭に3日3夜、神楽を奉納し続けている。

 65年前の讃岐教会80周年祝祭では、三島茂三郎(もさぶろう)さん率いる神楽本部が讃岐入りして2日にわたって神楽を演じ、参拝者は7千人を超えたという(『幽顕』1954年5月号)。この時参加した、茂三郎さんの孫、英男さん(87)は今も現役で、先代の西村教会長らの歓待ぶりや、境内を埋め尽くした参詣者の熱気を、よく覚えている。今回は小田治利さん率いる総勢10名が香川入りし、2演目を披露した。

 当日境内には島根県飯南町の大しめ縄創作館の展示・販売コーナーも設けられ、石橋真治棟梁ほか2名が応対した。昨(2018年)夏、出雲大社神楽殿に掛る日本一の大しめ縄が6年ぶりに架け替えられた。毎回奉製してきた飯南町が、作業の大詰め「より合わせ」に、今回は他地域からも参加してもらおうと公募。応募した西村分院長の長男、和彦さん(52)が10人の1人に選ばれて飯南町に赴いた。出雲大社の大しめ縄で結ばれた縁。これを機に、飯南のしめ縄が四国へも広がってゆけばと、石橋さんたちは期待する。

 神人共楽の神賑いとして山陰では馴染み深い神楽だが、香川ではほとんどなく、「初めて見た」と喜ぶ声が来場者から寄せられたという。椅子を置くため招待者を限るも、人づてに聞くなどして5、600人が集った。中には結婚間もない頃、前回の神楽を見たと、往時を懐かしむ80代半ばの女性もいたという。

 長年の思いを遂げ、ほっとしたという西村分院長。今回の縁を大事にし、今後はもっと短期間ごとに神楽をやっていきたいと息子たちと話している。