千葉伸一郎
記紀を基に築かれたネイションビルディング(民族意識や国民の形成)を検証し、著者の故郷の出雲のほか、蝦夷、熊襲など「民族の集合体」である日本の多様性を明らかにする。大和中心の一元的国家観や同質社会幻想を見直そうという試みだ。
著者は福岡県立大学人間社会学部准教授。自分は、何という民族に属するのか―。学生たちにそう民族的出自を尋ねたが、若者世代の多くにとっては意識したことさえなかった問題だった。
民族意識とその根拠は「民族を民族たらしめる」。「アテルイ復権の軌跡とエミシ意識の覚醒」と題する第6章はその意味で象徴的だ。
アテルイを顕彰する会(及川洵会長)や延暦八年の会(佐藤秀昭会長)といった当地方市民団体の活動を紹介。大和の侵略と戦ったアテルイの再評価は、蝦夷の末裔としての私たちの意識の醸成に強く働き掛けるものだ。
関西の企業家による「東北『熊襲』発言」に憤りを覚えた人は少なくないだろう。1988(昭和63)年、仙合遷都論に反対し「熊襲の国だから文化程度も極めて低い」と蝦夷を熊襲と混同して発言。激しい反発を招いた騒動である。
「畿内を中心とする大和人が東北人を見る目が、古代大和政権の時代の夷狄意識から変わっていない。いや明治以降の天皇制国家の中で再生産されていることを露呈している」と著者。胆江日日新聞の記事など東北の怒りを紹介する一方、「白河以北一山百文」の言葉に代表される蔑視の根深さを取り上げた。
80年代末以降から、政府要職者が日本は単一民族だという発言を繰り返す出来事もあった。高度経済成長に合わせた社会構造が作られ、標準語の浸透を含め「同質性が一定のレベルに達した」時期に重なる。
大和に服(まつろ)わぬ者が「健やかに自己のアイデンティティを形成できるよう願って書いた」。私たちのルーツに誇りを持つためにも必読の1冊だ。