あらゆる垣根や境界が消えゆく現代社会。人々のアイデンティティーや地縁もまた、喪失が叫ばれて久しい。福岡県立大准教授の岡本雅享さんは出身地の島根県出雲の先人がいにしえより全国各地に散らばっていった足跡を追う。その集大成が「出雲を原郷とする人たち」(藤原書店)にまとまった。
出雲といえば神々が集う里。出雲大社が鎮座し、大国主がおわす聖地だ。眼前には日本海。岡本さんは海岸や川沿いを走って全国各地に残る出雲ゆかりの地名や神社を訪ねながら、文献記録や考古・民俗資料を探索し、いろんな人々から話を聴いて回った。
おぼろげながら見えてきたのは「出雲文化は海の道で広がったのではないか」。山陰・出雲から北陸、信濃、そして関東へ。信仰などを通じて無数の同郷の民が移住した足取りを実証できた、と思う。
移民や人権問題などシビアなテーマを研究してきた。そこでぶつかった、民族とはなにか、日本のマジョリティーやマイノリティーとは、という疑問。自分の故郷の歴史さえ知らないことに気づき、10年ほど前から調べ始めた。お世話になった人々は数百人。脚で稼ぐフィールドワークの末に、各地で溶け合う「出雲」の面影を見た。
「多様なルーツを知ることが、今の社会のきしみを解消するのではないでしょうか」
かつて体調を崩して出雲に戻ったとき、懐かしい海や山を巡ると身も心も癒やされていったという。だから、「出雲の神々に恩返ししなくては、と」。そして、取材が不思議なくらいスムーズにつながっていくのを感じたそうだ。これも出雲の神々のお導きだったのだろうか。