森田喜久男(淑徳大学人文学部教授)
近年、出雲が注目を浴びている。大量の青銅器の出土や鎌倉時代の出雲大社の本殿の柱 の発見、さらには『古事記』1300年、出雲大社の「平成の大遷宮」などの影響もあり、「 神の国、出雲」が喧伝されている。書店の一般書のコーナーには、「大和に敗北した古代 出雲王朝」をテーマとする書物がうずたかく積まれている。 そのような中にあって本書は、島根県の出雲地方から遠く離れた列島各地に出雲という 地名や神社が数多く存在していることの意味を考えるための素材を提供したものである。 そのために著者は、実際に列島各地を踏査した。旧国名で言えば、筑前・周防・越前・ 加賀・能登・越中・伊予・讃岐・備後・安芸・紀伊・越後・佐渡・信濃・岩代・武蔵・上 野・大和・山城・丹波・播磨・壱岐を経て、朝鮮半島の新羅にも及ぶ。 その踏査にもとづいて入手した情報を、著者は旧国名単位で詳しく紹介する。それらは 、弥生後期に日本海沿岸に広範囲にわたって分布した四隅突出型墳丘墓や各地から出土す る山陰系土器、あるいは各地で語られた出雲系の神々の神話や出雲から移住した人々の伝 承、さらには近世出雲大社から各地へと派遣された御師に関わる伝承など、多彩な内容で ある。
その中でも興味深いのは、越前海岸に「反り子」と呼ばれた海民の集落があったという 著者の指摘である。ソリコと言えば想起されるのは、1960年代頃まで島根県と鳥取県にま たがる中海で使われていた出雲独特の刳船で、舳先に長く反ったツラがついているソリコ 船である。このソリコ船に因んだと思われる「反り子」の地名が越前海岸に分布している 背景として、著者は文化12(1815)年の『越前国名蹟考』に記された伝承を出発点とし、 地元の郷土誌や近世文書を博捜し、丹生郡米ノ浦の庄屋である玉村家に伝わる寛永 9(1632)年の「預り舟之銀子之事」に「そり子舟」が出てくることをつきとめた。 このように著者は、列島各地に伝わる出雲にまつわる地名や神話・伝承をすべて古代に 遡らせようとしているわけではない。それらの中には、古代の山陰と北陸の交流を前提と して成立したものもあったかもしれないが、中世や近世、近現代における出雲から他国へ の人々の移動や交流の結果、成立した可能性もある。著者は、考古学の発掘調査の成果は もちろんのこと、各地の自治体史や郷土誌、近世の地誌などに丹念に目を通し、地元の人 々から行った聞き取り調査なども丁寧に紹介している。 本書を出発点として、出雲と他地域との交流を幅広い視点で、さまざまな時間軸で検討 していくことができる。