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神社新報 2020年3月2日多彩な顔もつ偉人とその事績を一冊に

半田竜介(神社本庁嘱託・國學院大學PD研究員)
 
 

 近代を代表する神道人・宗教家の一人として、第八十代出雲国造の千家尊福を挙げることに異論を唱へる者はまづいない。しかしながら、その実績の豊富さ、そして知名度の高さに反して、尊福の事績については藤井貞文氏の論考や出雲大社教刊行の書籍によって纏められているものの、その生涯を1冊に収めた伝記の類は乏しい現状にあった。

 その中、昨年11月に刊行されたのが本書、岡本雅享『千家尊福と出雲信仰』である。尊福没後百年にあたる平成30(2018)年を機に、島根の地元紙『山陰中央新報』で企画された連載を基とする本書は、以下の章立てで構成される。

Ⅰ 出雲国造の世界―近世までの大社信仰

 第1章 出雲国造

 第2章 列島各地にある出雲国造ゆかりの神社

 第3章 中近世の出雲信仰と大社の御師

 第4章 幕末の出雲歌壇と教学

Ⅱ 卓越した指導力をもつ生き神

 第5章 明治宗教界の若き泰斗

 第6章 祭神論争―伊勢派との対立

 第7章 大社信仰の確立へ―巡教する生き神

Ⅲ 政治(まつりごと)の世界へ

 第8章 政への回帰―埼玉・静岡県知事としての功績

 第9章 政財界の重鎮へ―東京府知事・司法大臣・東京鉄道社長として

Ⅳ 尊福が遺したもの―晩年の巡教と後継者たち

 第10章 生涯にわたる巡教

 終章 受け継ぐ人たち

 本書の特色は一つに、藤井氏や小林健三氏に代表される先学の業績を踏まえつつ、千家尊福の伝記を1冊に纏めた点にある。もう一つの特色として、岡本氏は大己貴命や天穂日命など出雲に縁深い神を祀る古社が列島各地に鎮座していることに注目される。そこから、「出雲信仰」が古くより日本に広く根ざしていたことに着目し、そうした古来の出雲信仰を近代に継承し、発展させた中心人物が他ならぬ千家尊福であることを明らかにした点が挙げられる。

 中でも興味深いのが、近代における地方レヴェルの出雲信仰の発展の件である。島根はもちろんのこと、埼玉や新潟、岡山、山口、愛媛、福岡など、古くより出雲信仰が根ざしていた地域の前近代より近現代への歩みの箇所では、各地の大社教分院の所蔵資料をも駆使して、尊福の全国規模での教化活動(巡歴)の様子を描き出している。日本各地において出雲への信仰が永年に亙り積み重ねられていたからこそ、巡歴に際して各地の人々は尊福を「生き神」の如く熱情を以て迎え入れたのであり、大社教は大いに教勢を伸ばしたのである。

 そうした地域の信者たちとの交流模様を、岡本氏は尊福が詠んだ和歌などから読み解く。例えば岡山の美甘政和といった各地の出雲信仰の指導者の多くが、安心立命の道を説く尊福の教えに共鳴し、大社教の分祠や分院、教会といった信仰の場を形成してゆくのである。

 近代という日本古来の伝統と西洋伝来の思想・制度とが激しく相剋した時代に、千家尊福が古来の出雲信仰をどのように継承し、発展させてゆくのか。神道人・宗教家、そして政治家と多彩な顔をもつ稀代の偉人・千家尊福。その多彩な活動はいずれも、出雲信仰の先導者としての尊福の思いに基づくものであったことが、本書を通じて諒解されるであろう。そして、そうした先人がいたればこそ、出雲信仰は今もなお息づいているのである。