ホーム > 出雲を原郷とする人たち > 第274回新宿セミナー@Kinokuniya 御礼と報告

第274回新宿セミナー@Kinokuniya"《全国”出雲”再発見の旅》
御礼と報告

岡本雅享
2017年7月末日

御礼

全国“出雲”再発見の旅 新宿紀伊国屋入り口
セミナー当日の新宿紀伊國屋書店入り口

 7月1日夜、新宿紀伊國屋ホールで開かれたセミナー《全国”出雲”再発見の旅》には三桁に達する方々が来場下さり、内容的にも盛会でした。後日、三浦佑之先生から頂いたメールに「入場料をとってあれだけ入るというのは、たいしたものです」とありました。佐野史郎さんもだんだんテンションが上がって、当初は翌朝ロケがあるから顔出し程度、と言っておられた打ち上げにも「まだまだ大丈夫」と最後まで同席下さり、気がつけば終電前という、話の尽きない夜でした。

 紀伊國屋のジャスト1ヶ月前というshort noticeの中、多くの方々が「もう予定が入っている」「もっと早く知らせてくれれば」と残念がられる一方、京都や島根、会津、盛岡などから駆けつけたり、チラシを配ったり、サポート下さる方々の思いに、とても鼓舞される催しでした。PPTを操作しながら1人で話す第1部では、あまり余裕がなかったのですが、私が進行役を兼ねた第2部の鼎談では、三浦先生や佐野さんにお話いただきながら、客席を見渡す余裕ができました。思ったより客席が明るく、後半はお一人お一人の表情も分かるほど落ち着きながら、客席の皆さんの反応のよさを受けて、壇上の私たち3人も、楽しく語り合えました(佐野さんは、言っちゃいけない?話も披露!)。

 野際陽子さんが亡くなられた後で、沈みぎみの佐野さんのテンションを上がらしめたのは、観客の皆さんの反響だったと思います。舞台にある者は客席から力をいただくということを、改めて実感した催しでした。来場者の半数近くがサイン会にも並んで下さいました。お一人お一人と言葉を交わせたのも、よかったです(各々ゆっくりお話できなかったのが残念!)。セミナーを企画下さった藤原書店と紀伊國屋、共演をご快諾下さった三浦先生と佐野さん、そしてサポート、来場いただいた皆さんへ、心から御礼申し上げます。

 

来場者の声

当日のサイン会や後日、参加者の方々から「よかった」「よかった」と笑顔でお声がけいただき、とても嬉しく思いました。文章でいただいたものを一部、紹介します。

全国“出雲”再発見の旅 三浦佑之先生 佐野史郎さん 岡本雅享 鼎談1
第274回新宿セミナー@Kinokuniya 第二部の鼎談

 「岡本先生のお話は歯切れよく分かりやすく、明快でさすがと思いました。3人の鼎談も面白くお聞きしました。出雲人たちが各地に移住したのは「領土拡大」とか、「征服」といった帝国主義的なものでなかったことが、聴衆の共感を呼んでいました。佐野さんが「国譲りは、うまく押し付けたんだね。国家統治なんて面倒くさいことは任せるよ、現状維持させてくれればいい、というわけだ」と言われたのには、心楽しくなりました。我々は大和朝廷にやられた悲劇として悲憤慷慨しがちですが、その必要はなさそうですね。楽しいひと時を過ごさせて頂きました」(平山善之さん)。

 「セミナーの内容はとても興味深く、日本の神々の履歴(それは、人間の履歴でもありますね)を、わくわくしながら想像する、そんな知的興奮を久しぶりに味わうことができました。国際人権活動から離れたように見えて、実は、人間の歴史を見直すことによって、今現在の政治的な言説をラディカルに問い直す確固とした視点を確保できるような思いがします。佐野さんのコメントもとても面白かったし、彼の知性の一端に触れて、人間、佐野史郎に興味を持ちました」(片野光庸さん)。

 来場下さった多くの方々のご感想やご意見、まだまだ伺いたいと思っております。

 

三浦佑之先生、佐野史郎さんとの出会い

 『出雲を原郷とする人たち』は「あとがき」で書いたように、論文「島国観再考」(『民族の創出』第5章に所収)からの派生ですが、その拙稿で三浦先生が『東北学』2004年1号に書かれた「古代という幻想」の一文―単一民族国家観は、一つの王権が芽生え、国家へと成長し日本列島を統一したという単線的な国家史観と繋がっており、「起源としてのヤマト」を手放してしまうと困る人たちが多い―を引用させていただきました。それをご覧になったという三浦先生から、お手紙と見本刷の『古事記を読みなおす』をいただいたのが2010年10月。それ以来、御著書を出される度にご恵贈下さったり、『現代思想』の出雲特集号(2013年12月)の執筆者に推薦下さったり、新聞連載で万葉集の解釈に困った時にはご教示いただいたりと、たいへんお世話になってきました。今回のセミナーに先立ち、「神話研究の立場から、出雲および日本海文化圏に興味をもち、筑紫、高志=越などに関して、いろいろと考えています」と書かれた当時のお手紙や、「島国観再考」は「今後日本海文化圏を考える上で欠かせない論考」と評価下さった「〈出雲〉世界へ―古事記をどう読むか」(『現代思想』2011年5月臨時増刊号)を、感慨深く読み返しました。

全国“出雲”再発見の旅 岡本雅享 ミニ講演
第274回新宿セミナー@Kinokuniya 第一部のミニ講演

 『民族の創出』構想の契機は、小熊英二さんの『単一民族神話の起源』まで遡ります。戦前の日本で通用していた「出雲民族」言説を、出雲出身の、しかも民族研究をしてきた私が、この本で初めて知った驚きです。その私が2008年の拙稿「日本における民族の創出―まつろわぬ人々の視点から」で、現代に至る「出雲民族」言説を調べる中で出会ったのが、佐野さんの橘井堂コラム「あこがれの水木しげる先生訪問」(1997年10月)。水木さんに初めて会ったその時「小さい時から何度も夢の中で、出雲民族が大和民族に侵略されたことを描けと言われた。だから出雲民族の話しはちゃんとやらねばならん」と言われたというくだりでした。それを水木さんが晩年の力作『水木しげるの古代出雲』で果たされたことに感嘆し、夢のお告げを描いたコマと共に本に掲載。そのご報告をかね、佐野さんに『民族の創出』を贈呈したところ、「真に知りたい内容」とのご丁寧なお返事をいただきました。今年2月8日の橘井堂でも、石川県羽咋市を再訪したくだりで「ここ数年、出雲系の神話の故郷に、本当にご縁がある。読書中の『出雲を原郷とする人たち』の能登や越の国も項も、現地で読むと臨場感がありました」と書いて下さり、いつかお会いして、いろいろお話したいですね、とメールでやりとりするうち、今回のセミナーで実現しようと、ひらめいた次第です。

 

セミナーのあらまし

全国“出雲”再発見の旅 藤原良雄社長
藤原良雄社長

 セミナーは、本書は従来の「日本史を根源から見直さねばならない画期的な力作」だという藤原良雄(藤原書店)社長の挨拶で始まりました。東は会津、西は北部九州にわたる“出雲を原郷とする人たち”の広がりを解き明かした「移住の社会学」であり、それを古代から現代に至る時間軸の中で捉えた「歴史地理学」的な手法が好評を得て、各紙書評などで紹介、初版から2ヵ月半で増刷に至ったという、セミナー企画の背景を語られました。

 その後で私が30分余り、本書構想の背景、その過程で三浦先生や佐野さんとの交流が始まったこと、“出雲を原郷とする人たち”を追った手がかり(地名や故郷の神、考古学的遺物や地域の神話・伝承など)についてお話しました。文献資料と足でまわった取材を合わせて見えてきた「出雲からの人の移動、文化・信仰伝播の軌跡」を初公開の図で示し、列島各地で“再発見”した出雲の縁を結び直す旅の始まりも紹介。

全国“出雲”再発見の旅 岡本雅享 出雲からの人の移動、文化・信仰伝播の軌跡

 

 続く第二部では、三浦先生、佐野さんに本のご感想を伺うことから始めて、話を広げていきました。その一部を概要でご紹介します。

《本のご感想など》

全国“出雲”再発見の旅 岡本雅享
岡本雅享

【三浦】まず、出雲という名前のつく地名や神社を、ことごとく回って調べ尽くすという調査の方法に、社会学者はこんな形で調査するのだと驚き、感銘を受けた。古事記の中の出雲は日本海沿岸の世界として現れるが、それは主要な部分とはいえ、この本が描き出した列島各地の出雲の一部でしかない。私が考えたかったことが、この本の中でとてもよく表されていて、嬉しかった。本書で、出雲世界の横への広がりや積み重なりはよく分かったが、それが縄文から現代までの時代の中でどう区切っていけるか。それを考えていくと、列島における出雲のあり方が鮮明になってくるだろうと期待している。

【佐野】僕の場合、役者という仕事柄、全国各地を回る中で、振り返ると、ロケ地や作品で、出雲ゆかりの、古代から続く列島の姿に関わるものに巡りあってきた。芸能の仕事を通して知り、興味をもって関連の本を読み、行く先々で神社のご祭神をチェックする癖もついた。そんな中で出会ったこの本は、腑に落ちることだらけだった。映画やテレビの仕事をする出雲出身としては、水木しげる、小泉八雲、古事記は外せない。そういうキーワードが体の中にあって仕事をしていると、出雲って何だろう、と、どうしても気になる。自分の暮らす関東圏にも杵築神社、氷川神社、八雲など出雲ゆかりの地名があるし、小泉八雲の朗読をしていると、声を出すことで、自分の体が昔の時代にシフトするような感じがする。体を使って、その場所に行くと、分かることが多い。そうして腑に落ちることが、出雲に関しては増えてきて、この本を読んで、すっと通った。1990年代、水木さんに初めて会った時、最初にかけられた言葉が「出雲の神さんが夢枕に立って、もっと出雲のことを言ってもらわんといけんと言われた、あんたもそうでしょ」だった。水木さん、大真面目な顔だったから「ああ、やんなきゃなぁ」と思った。岡本さんとのご縁もそうだが、そういうことに触れた者同士がつながっていくと、いろんなものが見えてくる。

全国“出雲”再発見の旅 三浦佑之先生
三浦佑之先生

《日本海文化圏について》

【三浦】古事記上巻の神話の43%が出雲を舞台にしている。古事記は天皇の歴史を語るはずなのに、なぜこんなに出雲の話があるのか、というのが、とても興味深い問題。それら出雲を舞台とした神話がごっそり抜け落ちた(王権の側の歴史を語る)日本書紀と見比べると、出雲の滅びを描きたい、のが古事記だったと思う。そう考えないと、古事記がなぜ出雲の国作り、国譲り、大国主の無念を描かねばならなかったか、説明がつかない。古事記の神話は、出雲が日本海を通じて、いかに筑紫や高志(越)とつながっていたかを、鮮やかに描き出している。日本海沿岸に共通の文化が多いことは、考古学的にも説明されている。出雲を一つの拠点として、筑紫や奴奈川(糸魚川)など、いくつもの拠点を結びながら、日本海沿岸地域の文化は存在してきたのではないか。

【佐野】子どもの頃、家が宍道湖のほとりで、当たり前のようにメノウ拾いをしていたけれど、隣の駅が古代に勾玉を作っていた玉造(温泉)で、良質なメノウを産出した花仙山があったからだと知り、出雲がヒスイの産地、糸魚川と繋がっていたことも、体感として分かってきた。松江には古志原という地名もあるので、さらに実感できた。出雲にはスセリヒメ、越にはヌナカワヒメ、筑紫にはタギリヒメと、それぞれオオクニヌシの妻がいる。そうして出雲と筑紫、越との広がりも理解できた。そうしてみると、出雲と筑紫という大きな国の間に挟まれていた、古代からの長年の複雑な想いが幕末の長州にまで繋がったんじゃないか。なるほどそうか、と今の日本が腑に落ちる。

全国“出雲”再発見の旅 佐野史郎さん
佐野史郎さん

【三浦】出雲は国家を志向していなかったと思う。良好なラグーンを擁する湊と湊がつながる海のネットワークが日本海沿岸圏を作っていて、大和とは国の作り方の質が違う。

【岡本】出雲の広がりは、王朝などではなく、海流の道による移住によるもの。

【三浦】日本海ほど顕著ではないが、太平洋側でも、紀州の漁師たちが伊豆や房総に流れ着き、後から、その土地の人を呼んで集落を作ったりしている。日本海側では、対馬海流に逆行して越から出雲へ動くといった相互交通が神話でも見られるのが、おもしろい。

【岡本】出雲の美保神社に沖縄のサバニーがある。出雲から越前海岸に着いたというソリコ舟もそうだが、小さな刳り舟でも、かなりの遠距離を航海していた。

【三浦】美保神社に諸手(もろた)舟神事があるが、紀州熊野の御船祭にも諸手(もろと)舟が登場する。出雲と熊野の関係は大きいが、なかなか解けない。諸手舟にしろ、スクナヒコナにしろ、出雲と熊野は関係深そうなのだが、両者がどう地理的につながるか。岡本さんの地図でいえば、瀬戸内を通って紀伊半島をまわるルートが実際どうあったのか、とても興味深い。日本列島の海の文化を考える上でも大きな問題だと思う。

全国“出雲”再発見の旅 三浦佑之先生 佐野史郎さん 岡本雅享 鼎談2
第274回新宿セミナー@Kinokuniya 第二部の鼎談

 このほか、三浦先生が古事記研究者からみた風土記の意味を語られたり、佐野さんから「琉球と出雲、大和は龍蛇神を媒介としてウルトラマンとゴジラでつながっている」など、観客をわかせるお話が飛び出したりしました。佐野さんが女優の風吹ジュンさんと交わした龍蛇様(セグロウミヘビ)の話が気になって、打ち上げでも尋ねたのですが、後で風吹さんが富山県旧婦負郡という、越中でもとりわけ出雲の足跡が濃厚な地のご出身と知って、出雲の縁の絶妙さを、また感じました。

 最後に佐野さんからは「大和や出雲―どういう物語をこれから作っていくのかが芸能の仕事。物語に対する想像力を分かち合えるよう仕事をしていきたい」と、また三浦先生からは「私は伊勢の生まれだが、出雲ファン。これから出雲神話論を書きたい」との抱負が語られ、満場の拍手で閉会しました。