ホーム > 出雲を原郷とする人たち > 書評 > 埼玉新聞 2017年3月3日 さきたま抄

埼玉新聞 2017年3月3日
さきたま抄

磯田正重

 全国各地へ伸びた出雲文化の広がりを、現地取材で解き明かした「出雲を原郷とする人たち」(藤原書店)が出版された。それは本県にも及んでおり、興味深い。

吉見百穴:出雲系とされる古墳時代後期の横穴墓(埼玉県比企郡吉見町)
吉見百穴:出雲系とされる古墳時代後期の横穴墓(埼玉県比企郡)

 著者は福岡県立大学の岡本雅享准教授。島根県出雲市の出身。出雲の地名や出雲神社は各地にある。それは出雲を原郷とし、あるいは経由した人々による移住の足跡ではないかと考え、取材を始めた。

 その範囲は北陸、信越、関東、四国、中国、九州、関西の17府県に及ぶ。本県では関東平野西端に並ぶ出雲イワイ系神社や、吉見丘陵の出雲系古社、東部に広がる出雲系神社群(氷川、久伊豆、鷲宮)を訪ねた。

「ほおー」と思ったのは吉見町の国指定史跡「吉見百穴」。玄室と羨(せん)道などから出雲系横穴墓と推定されるという。周辺の伊波比神社、高負彦根神社、横見神社は出雲の名は冠していないが全て出雲系。近隣の古墳時代前期の五領遺跡(東松山市)などでは、山陰系の土器などが出土しており、「古代、この地が出雲系の勢力下にあったことは明らかで生活文化の伝統にも大和とは異質のものが強く流れていた」(吉見町史)という。

出雲からの人・文化・信仰の伝播(でんぱ)が越後から内陸に折れて南下し、信濃や会 津を経由して、利根川と荒川が作り出した上武国境の扇状地から入り、東部へ広がったのではないかと見ている。この春、埼玉の出雲歴史探訪はいかが。

 

掲載紙面

埼玉新聞2017.3.3.jpg