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出雲を原郷とする人たち

表カバー
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裏カバー
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カバー背
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チラシ
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出雲を原郷とする人たち 目次(全)

刊行に寄せて & 増刷にあたって

『出雲を原郷とする人たち』刊行に寄せて 藤原書店『機』296号  私は2010年に、海でつながる多元的な世界(観)を、その拠点の一つ、出雲の視点から説いた論文「島国観再考」を発表した。その拙稿から派生したのが、2011年春から今年の初めにかけ、『山陰中央新報』で全104回にわたって連載した「出雲を原郷とする人たち」である。今年の春には、『新潟日報』からの依頼で、『山陰中央新報』の越後佐渡編を中心に、新潟の読者向けに書き下ろした連載「越佐と出雲」全7回を同紙で連載した。本書はそれらを1冊にまとめたものである。続きを読む >>

『出雲を原郷とする人たち』増刷にあたって 藤原書店『機』301号本書刊行後、新聞連載時に取材でお世話になった方々から、たくさんの手紙を頂いた。仏壇の前に置いて先祖に報告したという佐渡浜田屋の子孫、笹井敦子さん。地名・出雲壇の取材協力から出雲大社初参拝までを綴った「猪苗代と出雲ゆかりの人々」を同封された会津の小桧山六郎さん。忘れられかけた出雲との縁が結び直され、育まれている。続きを読む >>

 

出雲からの人の移動、文化・信仰伝播の軌跡
第274回新宿セミナー@Kinokuniya(2017年7月1日)で公開した図《出雲からの人の移動、文化・信仰伝播の軌跡》

 

出雲を原郷とする人たち 書評・紹介記事

 

各地の郷土史を結ぶことで、列島の広域にわたる人の移動、文化伝播のルートが見えてくる

能登半島の出雲:石川県羽咋郡志賀町出雲の出雲神社秋祭り、2016年9月撮影
能登半島の出雲:石川県羽咋郡志賀町出雲の出雲神社秋祭り、2016年9月撮影

大和文化が畿内を中心とし放射線状に拡がったと言われてきたのと比べれば、出雲文化は海流の道に沿った一定の方向へ、顕著に伸びています。新羅と繋がる出雲文化は海路で能登から越へ伝播し、越後で内陸に折れ、信州・北関東へと南下していく。今まで孤立していた各地の郷土史をつなぎ合わせることで、出雲からの人の移動や文化伝播のルートが見えてきました。出雲に限らず、取り上げた関連地域の、郷土を越えた人の移動、文化の交流史としても、おもしろい本になったと思います(能登と越後、越後と会津、北信、北関東とのつながりなど)。同じことは、宗像や安曇などでもできるのではないかと思います。郷土と郷土の歴史を結ぶことで、列島や列島をも越えた広範囲な人の移動、文化の交流を描き出す―本書がそんな試みの一事例にもなれば、幸いです。

 

書名の由来 山陰中央新報連載「出雲を原郷とする人たち」(2011年4月~2016年1月)

Izumo Taishakyo Mission of Hawaii(1906年創建のハワイ出雲大社、オアフ島)
Izumo Taishakyo Mission of Hawaii(1906年創建のハワイ出雲大社、オアフ島)

2007年には台北で、2008年にはサンフランシスコで期せずして出雲出身者と出会い、お世話になりました。2009年も北カリフォルニア島根県人会の新年会やオアフ島のハワイ出雲大社などで出雲ゆかりの方々に、よくしていただきました。出雲をoriginとする人たちが世界各地にいる。列島各地に残る「出雲」地名や出雲神社も、出雲人たちの移住の足跡ではないか。スペイン語地名が多く残る米国西海岸や、日系移民とともに生まれたハワイ出雲大社に身を置きながら、考えたことです。自身、出雲の外で暮らす出雲人の私が、同じく出雲を原郷とする人たちの地を巡る―2011年春、山陰中央新報で連載を始めるにあたり、自分のアイデンティティに重ねて名づけたタイトルでした。

 

サンプル(山陰中央新報連載記事)

本文サンプルとして、連載時の記事を掲載します。

 

表紙デザイン(裏話)

出雲国風土記の気多嶋とされる平島
出雲国風土記の気多嶋とされる平島

表カバーには当初、私が取材先で撮った列島各地の「出雲」の写真を、落ち着いた赤を背景に組み合わせるつもりでしたが、その組み合わせに試行錯誤する中、編集者の刈屋琢さんが、その中の1枚、出雲の気多島が映る海の写真を、表から背表紙までまわす斬新なデザインを提案。あまりに大胆な方針転換に戸惑いを感じた私も、周囲の感触を確かめつつ、これがいいと思い、表にするつもりだったデザインが裏カバーとなりました。こうして、表から背までは海と空の青、背は赤という奇抜でありながら落ち着きのある色合わせが、生まれたのです。私を驚かせる提案をして下さった刈屋さんに、感謝です。海の広がりを感じさせる写真を表に、という発想は、本書の趣旨を熟知した編集担当者ならでは。南洋との交流を物語るゴホウラ貝の腕輪が出土した猪目洞窟から1㎞余の十六島(うっぷるい)湾の端(出雲市下町)に位置する平島は、出雲国風土記の気多島とされる岩礁ですが、山陰から能登半島、越後まで海沿いに連なり、越後から内陸に折れて、会津や武蔵(北関東)へ伝播した気多(ケタ)地名・神社の起点です。海の道を大動脈とする人の移動、文化の伝播を主題とする本書にふさわしい表紙となりました。なお裏カバートップには出雲大社にご提供いただいた遷宮後の御本殿、左下(2枚)には私が一眼レフ、ポジフィルムで撮った作品用の出雲の写真を置きました。

類書・関連作品

  • 保高英児 日本列島に映る「古代出雲」紀行 明石書店 2008年 出版社URL
  • 三浦佑之 古事記を旅する 文春文庫 2011年 三浦佑之宣伝板(URL)
  • 第14回櫻井徳太郎賞(2015年) 高校生の部 優秀賞 吉田壮志(武蔵高等学校1年) 氷川神社の創建と発展に関する考察  東京都板橋区URL