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出雲、エミシ、クマソからみたNation Building
民族の創出

カバー表
カバー表
カバー裏
カバー裏
本体表紙(裏)
本体表紙(裏)

 

民族の創出 目次(全)

民族の創出 書評

 

他人事ではない、多文化共生社会を創るために

自分たちは同質だという幻想に漬かっている意識の中で唱えられる「多文化共生」は、異質な人たちに「してあげる」ものという、他人事になりかねない。現代日本人の排他性、それと表裏一体の同質性は、島国という動かしがたい地理環境などに由来するものではなく、直近的には、高度経済成長期、規格大量生産に適した独創性と個性がない人材の養成を図り、東京一極集中による情報の一元化、文化の単一化を図るなどした結果、生じたものだ。多文化社会の構築とは、内なる多様性の復権を伴う、日本人自身のアイデンティティ再構築の作業でもあるべきだと思う(第5章「島国観再考」198頁要約)。

 

同質社会幻想からの脱却と多元国家観の構築をめざして

久米邦武『日本古代史』の折込み地図
1907年発行の久米邦武『日本古代史』の折込み地図(部分)。本州の北から蝦夷、高志(越)、日本(大和)、出雲、筑紫、襲(曾・贈於)、吾田(阿多)が記されている。

「民族」は19世紀末、”NATION”の訳語として作られた言葉で、それまで東アジアに民族という概念は存在しなかった。古代の王政復古を掲げて近代国家の仲間入りを図った日本では、記紀神話に民族のルーツを求めて大和民族という概念が創り出されるが、古代に遡る民族設定は、大和に「まつろわぬ」人々とされた出雲、蝦夷(エミシ)、熊襲(クマソ)等の民族も同時に生み出した。混合民族論が主流だった日本で、戦後、単一民族論が拡がったのはなぜか。私たちは20世紀ナショナリズムの時代、ネイションステイトという概念によって国家と深く結び付けられてしまった「民族」を国家と切り離し、支配者の語り(支配の枠組みとして創り出された人間集団)から解き放ち、諸個人がルーツや故郷、風土をベースに築き上げるアイデンティティの源として規定し直していくべきではないか。本書では、大和中心のNation Building(民族意識や国民の形成)を出雲、エミシ、クマソの視点から捉え直し、同質社会観で覆い隠された日本人内部の多様性を解き明かしながら、多元国家観に基づく民族意識の再構築を説いています(カバーソデ、終章「同質社会幻想からの脱却と多元国家観の構築」397頁要約)。

 

 

書名と表紙デザイン(裏話)
『民族の創出ー出雲、エミシ、クマソからみた日本のネイションビルディング』

民族の創出裏表紙(部分)
民族の創出裏表紙(部分)

文字数の都合で採用されなかった、私がつけた本書のタイトルは『民族の創出ー出雲、エミシ、クマソからみた日本のネイションビルディング』でした。せめて、ということで、オビ、カバー裏、本体裏表紙に、本来のサブタイトル「出雲、エミシ、クマソからみた日本のネイションビルディング」を入れてもらいました。同じく、文字数の都合で採用されなかったサブタイトル第二案「同質社会幻想からの脱却と多元国家観の構築をめざして」は、オビにのみ、入れていただけました。第三候補として挙げた二つのキーワードの一つ「まつろわぬ人々」は、大和中心で構築されてきた日本のNation Building(民族意識や国民の形成)を、近代日本で創られた記紀神話で「まつろわぬ者」とされた出雲、エミシ、クマソの視点から捉えなおす、という本書の立ち位置を示しています。もう一つの「隠された多様性」は、SanFrancisco State UniversityのOkinawan American二世の研究者、Ben Kobashigawa教授が、S.F.Japan Townにおける私の講演会につけて下さったタイトル"The Hidden Diversity of the Japanese People"を戴いたものです。カバー表に写真は使わない方針とのことで、カバー裏に1枚、小さく入れてもらったのが、大正10(1921)年、出雲民族社発行の月刊誌『出雲民族』の表紙です。戦前広まっていた「出雲民族」言説との出会いが、本書執筆の一つのきっかけだったからです。

 

類書・関連作品&情報

  • 小熊英二 単一民族神話の起源―〈日本人〉の自画像の系譜 新曜社 1995年 出版社URL
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